うつ病改善マニュアル!無気力な状態から抜け出す方法!「夜と霧」から学ぶ

メンタルケア

無気力な状態から抜け出すにはどうしたらいいんだろう?
私が生きている意味って何なんだろう?
あなた
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ハピエル院長
ハピエル院長
はい!今回はこの疑問にお答えしますね!!

この記事の内容

この記事を書くわたしは、柔道整復師(国家資格)を取得し、これまで18年間(2021年5月現在)健康業界に携わってきました。

現在、埼玉県越谷市で整体サロンの経営をして8年になります。

わたしは元来、極度の人見知りと引っ込み思案でなかなか友達ができず、人前で話すのも頭が真っ白になって過呼吸ぎみになるくらいの青春時代を過ごしてきました。

また、27歳の時に離婚を経験し、1年半ぐらいうつ状態を経験しています。

日々、精神的に悩んでいる多くの方を診て行く中で、私がこれまで克服するために実際に行ってきたことをアドバイスすることで、改善されてきた方が多くいらっしゃいます。

日頃、お客様にアドバイスしていることなどをこちらでもお伝えしていきますので参考にしていただけると嬉しいです。


あなたへの前置きメッセージ

この記事では、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」という本から学ぶ、「人間の生きる意味とは?」というテーマでお伝えしていきます。

私は離婚を機にうつ状態になり、何もやる気が起きない無気力状態を1年半ほど経験しました。

「夜と霧」という本と出会い変わるきっかけになり今があります。

この記事を読むことで、今、人生に息苦しさを感じてるあなたや無気力で何もやる気が起きないあなたがそこから抜け出せるヒントになれば嬉しいです。

ぜひ最後までお付き合いくださいね♪

1、うつ病改善マニュアル!無気力な状態から抜け出す方法!「夜と霧」から学ぶ


本記事は、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」という本から学ぶ、「人間の生きる意味とは?」というテーマでお伝えしていきたいと思います。

「夜と霧」は、第二次世界大戦中ナチスによって捕らえられ、強制収容所に入れられた時の体験について書かれたものです。

ただ、ナチスとか強制収容所と聞くとすごく怖い話なんじゃないの?暗い話なんじゃないの?と心配されるかもしれませんが安心して下さい。

この本は収容所の恐ろしさや戦争の悲惨さを訴えることを目的として書かれたものではなく、絶望の極致に置かれた人間たちのメンタルに焦点が当てられた本です。

地獄のような環境、明日は自分がガス室行きかもしれないという絶望感。。。

そんな環境の中、どういう人が生き永らえることができたのか?

まずは、ヴィクトール・フランクルについてお伝えします。

2、ヴィクトール・フランクルについて


1905年オーストリアの首都ウィーンに生まれた。

ユダヤ人で幼少期から非常に好奇心旺盛であったフランクルは、人間の生きる意味という壮大なテーマに興味を持ち、さらにアドラーやフロイトなどの影響を受けることで精神科医になったといいます。

また医師として彼の最大の功績の一つは、ロゴセラピーと呼ばれる心理療法を開発したことです。

ロゴセラピーとは自分の生きる意味を実感できず、前向きに生きられず、生き苦しいといった感情を持った人に対して、生きる意味を見つけ出すサポートをするそういった心理療法のことを指します。

そして彼は自ら開発したロゴセラピーを実践し、人生に絶望した人の心のあり方に全生涯を捧げ、1997年の92歳の時まで天命を全うしました。

あのマザーテレサからノーベル平和賞の推薦を受けたこともあるほど、世のため人のために尽くし続けた偉人、それがヴィクトール・フランクルです。

3、強制収容所に入ることになった経緯


1933年のドイツでのことです。
ここである大きな政治的変化が起こりました。

長らく政権野党であった国家社会主義ドイツ労働者と通称ナチスが、与党となったのです。

もちろん政権のトップはご存知のアドルフヒトラーです。

そして彼はユダヤ人を排除するための政策を次々と打って行きました。

何故ヒトラーはそんなことをしたのでしょうか?

簡単に言いますと、共通の敵を作ることで当時バラバラだったドイツ国民の心を一つにし国をまとめあげようとしたのです。

具体的には自分たちはアーリア人と呼ばれる優勢民族であり劣等民族であるユダヤ人を迫害し、国外に追い出し、我々でヨーロッパを統一しませんかと言い出したわけです。

そして1938年11月フランスの首都パリにあるドイツ大使館で書記官が、ユダヤ人青年によって射殺されるという事件が起こりました。

ちなみにその青年は自分の家族をナチスによって迫害され、その恨みから書記官を襲ったといいます。

こうなりますと、当然ドイツにいる国民たちは「けしからん」と大激怒して、国内にあったユダヤ教会や商店街が次々と襲撃されるという大暴動が起こってしまいました。

これによってドイツ国内におけるユダヤ人追放の動きはさらに加速していくこととなったのです。

そして、その流れのまま翌年1939年ドイツ軍がポーランドに侵攻したことを機に、第二次世界対戦が勃発します。

いつも自分たちが占領した地域のユダヤ人を、始めは追放したり隔離したりしていたのですが、戦線が膠着するにつれて方針を一変させます。
なんと殺処分するというえげつない方向に舵を切り始めたのです。

これがナチスによる大量虐殺いわゆるホロコーストの始まりです。

ちなみにホロコーストとは、もともとギリシャ語で「焼かれた生贄(いけにえ)」という意味になります。

水面下で行われてきたユダヤ人狩りが、ついにここから本格化していくことになるわけです。

そして1941年、当時36歳であったヴィクトール・フランクルの元にもナチス党局空軍司令部への出頭命令が下ります。

そして1942年、ついに連れて行かれてしまうわけです。

ちなみに当時のフランクルは、数年前 病院を立ち上げたばかりで、さらに結婚もしたばかりという状況でした。

そんなタイミングで彼はこれ以上ない絶望の世界に飲み込まれていくことになるのです。、

4、強制収容所での世界


当時の囚人たちは、1日に水のようなスープとパンのかけらぐらいしか食事を与えられていなかった。

なので、原始的な欲求のほとんどは食欲が占めていたと言います。

当然、地獄のような飢餓状態に置かれますから、一人残らずしかばねのように痩せこけていきました。

さらにその状態で、蹴られたり殴られたりしながら、朝から晩まで強制労働をさせられ使えないと判断されれば殺処分されてしまう、それが収容された者たちの世界だったんです。

過酷な強制収容所での生活を生き長らえた人はどんな人だったのか?


「明日は自分がガス室行きかもしれない」極限状態の強制収容所での生活。。。

あなたも考えてみてください。

この過酷な強制収容所での生活を生き長らえた人はどんな人だったのか?

・健康な人
・体格がいい人
・体力がある人

いいえ、違います!

フランクルはこう言いました。

「生きる意味を見失わなかった人」

こんなエピソードがあります。

二人の囚人が強制収容所の中で「もうこの人生には何も期待できない」と 自殺をしようとしていました。

フランクルは二人の囚人にこう言いました。

「確かにあなた方は人生にもう何も期待できないと思ってるかもしれません。無理もありません。 」

「しかし、人生の方はまだあなたに対する期待を決して捨てていないはずです。」

「あなたを必要とする何か?」

「あなたを必要としている誰か?」

「そんなものが必ずあるはずです。」

「そして、その何かや誰かはあなたに発見されるのを待っていますよ。」

それを聞いた一人の囚人は、外国で愛する子供が「待っている」ということに気づいた。

もう一人の囚人は、科学者としてあるテーマの著作シリーズを書いておりその完結を「待っていた」ことに気づいた。

二人の囚人は、自分たちを「待っている」ものに気づいた時、生きる力を得て自殺を思いとどまったのです。

絶望の中でも、「生きる意味を失わなかった人」だけが生き長らえることができたということなんです。

この話を聞いてあなたはどう思いますか?

6、うつ症状で無気力状態から抜け出す人間が生きる意味


「人間は意味を求めて生きる存在」なんです。

そして、

「誰かのために!」
「何かのために!」

という思いで生きるということが、人間本来の生きる力を発動させるということです。

生きていれば「壁」であったり「災難」が起こることも多いです。

「苦しみから逃れたい」
「苦しみから抜け出したい」

もし今、あなたが過去の私と同じように悩んでいるのであれば、今回お伝えした「生きる意味」を考えてみてください。

たった一度の人生です!

「人生を意味あるものにする覚悟」を持ちましょう。

・あなたの生きる意味は何ですか?
・何のために毎日生きていますか?

とても抽象的な 質問ですが、 あなた自身の人生です!

逃げずに、ぜひ自分なりに生きる意味を見出して欲しいと思います。

7、まとめ


いかがでしたか?

今、 何のために私は生きているのだろう?と人生が見えなくなっているあなた

「人生に何を私たちは期待できるのか?」ということが問題なのではありません。

「人生が何を私たちに期待しているのか?」ということが問題なのです。

あなたを必要とする何か?
あなたを必要としている誰か?

必ずあなたのことを待っています。

ぜひ、あなた自身の生きる意味を見出してください。

ヴィクトール・フランクルの名言

「あらゆるものを奪われた人間に、残されたたった一つのもの。。。」

それは・・・

「自分の態度を選ぶ自由、自分のあり方を決める自由がある」ということ。

あらゆる状況において、

私たちは「自分の態度を選ぶ」という選択の自由を持っています。

例えば、強制収容所内で1日わずかなパンを1つ与えられていました。

ある人は、これでは足りないと他人のパンを盗んでいました。

ある人は、衰弱しきった人にそのわずかなパンをあげていました。

あらゆる状況において、いい人にも悪い人にも自分の態度を選んで変わるということです。

お客様の感想も載せておきますね!!



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